私は30歳前半で結婚をしました。
正直結婚には大きな不安を抱えたままでした。
自信もない自分がこれから生涯同じ人と
生活をして血の繋がらない他人の家のお墓に
眠ることが全くイメージできなかったからです。
私は先回お話した20代半ば結婚を
控えていて東京にいました。
でも同じような理由から一度それを
やめてしまった経緯があります。
だから皆こんなものなのかもしれないと
言い聞かせて結婚生活をスタートさせました。
そして長女が幼稚園に入った時
周りのお母さんと10歳年齢が
離れていました。
私が住んでいる地域は結婚の年齢は
比較的早いので、
若いお母さんだと20代前半
同年代だとしてもすでに第二子、三子の
お母さんがほとんどでした。
そこで私がまた苦しんだのは
本当の自分を出せず
しっかりした人を演じることでした
年齢が上というだけで人よりも何かを
知っていなければいけない
何もできない自分を出してはいけない
という年齢コンプレックスでした。
そしてもうひとつ
幸せを演じることの辛さでした。
ここでちょっとお聞きしたいのですが
あなたにとって幸せとはなんですか?
当時の私は幸せは
美しく、健康で、お金があって、夫婦円満で
大きな家に住み、いい車に乗って
笑顔で子育てしているお母さん。
これが私の価値観でした。
この価値観が悪いわけではありませんが
実は私にとっての幸せはこれではないと
あとになって気づくことになりました。
元夫のおかげで私は何不自由することが
ない暮らしをすることができました。
なんの自信もないまま結婚した私は
働くことをやめ子育をしながら
変わらず物で自分を飾る生活を
続けていました。
いつもクローゼットはパンパン
好きなのか嫌いなのかわからない
服や小物を次から次に買って
ママ友とランチ。
子供の習い事
お受験
よそのお母さんの
どーでもいい噂話
今考えるとドラマの脇役の
ママ集団を地で行く生活を
送っていました。
相変わらず自分と人との比較は
止まらず、上を見ては劣等感をもち
下を探しては優越感を持つ
一番なりなくなかった人に
私はどんどん成り下がっていきました
ランチ会のたびに服や小物を買って
見栄を張る。
SNSの発信を見ては心を
ざわつかせる生活。
そうやって私のファッション感覚は
本来望んでいるものとどんどん違う方向に
行っていたように思います。
自分の狭い世界での見栄張り合い
「幸せ」でなければならないという
思い込みに疲弊していきました。
「類は友を呼ぶ」
そのとおりだと思います。
人には同じ価値観の人が集まります。
同じ価値観を共有することは
楽しく居心地がいいものです。
なのに私は何故かどんどん心が
すり減っていくのを感じました。
一緒にいるママ友に誘われても
全然嬉しくない
家に呼ばれても全く行く気に
ならない
それは自分でまいた種でした
本当の自分を見せず心を閉ざした
偽りの自分に
同じ価値観をもつ人が集まって
くるわけがないんですよね
ちょっと話が違う方向にいきましたが
そうやって私のクローゼットは本来
なりたかった自分とは違う服で埋め尽くされ
いよいよ38才の時おしゃれ迷子に
陥ることになります。
自分の周りにいる若いお母さん
そして知り合った裕福な生活を
しているママ友との比較で
「自分を良く見せなければ」
という意識が強かった上に
「老い」が目の前に現れたんですね。
自己肯定感が底辺の自分。
今まで何一つ自信を持つことができない
自分にさらに「老い」を感じた時
私は焦りました。
内面も容姿もこれでいいと思えるもの
が一つもない上に抗うことができない
年齢を鏡で確認した時
より一層自分のコンプレックスを
なんとかしないとという気持ちが
強くなりました。
クローゼットを断舎離して
SNSを見ては買い物を繰り返す
生活には更に拍車がかかりました。
女性って楽しいな
生まれてきてよかったと思える
ためにはメイクとファッションは
私にとっては不可欠でした。
これを今まで読んでくださった
あなたは
「どこまで行くんや」
ってツッコミ入れたくなりますよね笑
でも人ってそう簡単には
変われないんですよね。
この10年間で私の買い物癖は
ピークに達しました。
もう買い物依存症ですね。
四六時中ネットサーフィン
暇さえあれば服を見る。
しかも最悪だったのが
若い時とは違いお金を節約しなければ
という気持ちが働き
「安さ」と「数」を求めるように
なっていました。
毎月毎月送られてくる服
そして私はインテリアやハンドメイド
美容にもお金を使ってたので
宅急便を受け取るのはほぼ毎日の
ルーティンでした。
自分の好きも明確にせず
自分をキレイに見せてくれる服も知らず
自分のクローゼットに必要なアイテムもわからず
闇雲にSNSを見ては買う。
これでは一生かかってもおしゃれに
なれるはずもないし自分を好きに
なんてなれませんよね。
その無限ループをさらに約10年間続けました。
結婚して無駄にした衣類代が
20代の分に加え
30代の分もここに加わります。
私に足りないのは服ではなく
ファッションスキルだったということを
もういい加減気づきたかったです。
ここからのお話は
インスタライブの初期の時に
お話しましたが
私は自己認識が人より
大きくずれていたため
どんなファッションをしても
満たされることはありませんでした。
私が色んな女性のスタイリングを
させてもらって分かったことは
自己肯定感が低い人は
自己認識がほとんどできて
いないというところが共通しています。
人と比べるのが
癖になっていますから
人のことはよく観察しているのに
自分の事はよく観察できていない。
思い込みが強い。
だから自分が一番素敵に見える
ファッションにいつまで経っても
辿り着くことができないんですね。
私の場合それの極みとも言える
状態でした。
ヘアメイクスクールで人の顔タイプ
を学んでいるにもかかわらず
自分はゴリラに似ている
だから男顔で女性らしい
ファッションは似合わない。
だけど身体的なコンプレックスで
パンツスタイルを似合わせることが
できないことにずっと不満を抱え
いつまで経っても
自分を好きになれない状態でした。
そして人からよく見られたいという
気持ちから自分を唯一助けてくれる
ヒールが脱げず
いつも不自然な
ファッションをしていました。
LIVEや投稿に何度も出している
阿蘇のおばあちゃんに会いに行くときの
ニットキャップにサングラスのあの
状態です。
あのファッションを
先生に見せた時
「かっこええやん」
そう言ってもらいました。
ファッション的になんの問題も
ないと。
シルエットもカラーバランスも
外しもプロの方から見ても
違和感はないようでした。
でも私は言葉にならない不満と
違和感を抱え悩んでいました。
阿蘇の施設のおばあちゃんに
会いにいくのに
なぜ自分はここまで飾って
いるのだろうか
周りの人みたいに大自然に
合うリラックスしたファッションで
施設にいるおばあちゃんに
安心してもらえる穏やかな
ファッションで会いに行きたいのに
なんでいつも自分はこんな状態
なんだろう。
どうして変われないんだろう
ファッションの先生には
それを上手く伝えられないまま
コーチングをしてもらいました。
今までの自分の生き方が
ファッションにまで及んで
自分をこんなに苦しめているとは
思いもつかなかったんですね。
コロナに入る頃私は人の容姿を
理解するためにカラー診断や骨格診断
ファッションの勉強を真剣にはじめ
ようやく自己認識が大きく
人よりずれていることに気づくことが
できました。
そしてファッションの先生は
何も言わず私に似合う洋服の着方を
真剣に考えて教えてくれました。
そして私はその中から自分らしさとは
なにか、なりたかった自分はなんなのか
自分で探していきました。
そこだけはさすがの
先生にもわからないんです。
なりたい自分や理想の自分を
人に決めてもらうことなんて
そもそもがナンセンスなんです。
そこからの私はファッションに
対してはっきりと好き嫌いを
言えるようになりました。
作り込まれたおしゃれではなく
その場に溶け込んでいるのに
何故かこの人はおしゃれで
自分を持っている
そんな芯の強い人を表現するのが
自分にとってはファッションで
そんなファッションが似合う女性に
なりたいと思います。
私には自分の容姿やファッションを語る
場所が必要だったんだと思います。
女性にとって心の奥底にあるこの容姿の痛みや
悩みを真剣に語ることは非常にセンシティブで
一生に一回あるかないかだと思います
私はこれまでずっと人を信じることが
できず、自分が抱えてる言葉にならない
悩みを誰にも話せずここまで来ました。
今まで無駄にした服や
スキル投資したお金はかなりのものでした。
だけどこうやってなりたかった
自分になって人生レベルで大きな
リターンを受け取りました。
私の母は53歳で亡くなりました。
最後に見た母はいつものように
おしゃれで仕事もできて
雲の上のような存在でした。
いつまでもそんな姿が見られると
思ってました
人の人生はいつ終わっても
おかしくありません。
だから私はこの問題を早く
解決したかった。
女性としても人間としても何一つ
満足いかない状況を脱して、
余計なことに悩まされず
生きていける今に安心しています。
これからは自分の人生に集中して
容姿・生き方共になりたかった自分に
一歩でも近づけるよう努力を積み重ねて
いきたいと思っています。
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