また学校の出事でため息。カジュアル服はファッションの苦痛でしかなかった。

あなたは自分のファッションを
どんなふうに変えたいですか?


私はどんな場面でも堂々としていられる
一瞬一瞬が楽しめるファッションを
ずっと探していました。



私は子供が生まれて
幼稚園に入る頃から
自分のファッションにますます
自信が持てなくなりました。


私は自分のスタイル・顔に大きな
コンプレックスを抱えていて


高いヒールをはいて
過ごしてきました。


機能性よりも自分の肯定感を保つことが
大事でどんどんOL寄りのキレイめな
ファッションから抜け出すことが
できなくなっていました。




だけど子供の行事が始まると
そうはいかなくなってきます。


野外活動
スポーツ活動
引率活動

ありとあらゆる行事に
カジュアルなファッションが
必要で一つ一つの行事ごとに
ファッションに悩み


服や靴を買う。


おまけにカジュアルダウンの仕方なんて
全然知らないし、


仕上がったカジュアルスタイルなんて
満足できるはずもなく

ほとんどその服は使い捨て状態



今思えば異常事態です。

これを読んでいるあなたは
逆のパターンかもしれませんね。


ずっとカジュアルを続けてきたから
いざセレモニーに参加するとなると
キレイめ服がスタイリッシュに決まらない


野暮ったい。


キレイめ服はカジュアルよりも
サイズや形がシビアになりますので
スタイルアップしながらキレイめの
服を選ぶのも


自己理解と経験が必要で
大きな悩みの種になるの
かもしれません。

おしゃれ以前にTPO


自分の苦手分野を作ってしまうと
本当に余計なものを増やして
しまいます。



その人の考えや苦悩はそのまま
服に投影されています。


洋服に偏りがあった私は
いざ運動会に参加しようとすると

どんなスニーカを買ったらいいか
どんなスニーカーがスタイルよく
見えるかなんてわからないわけです。


靴のテイストを服に合わせるなんて
夢にも思わず


スニーカーなんて全く無知で
とにかくソールが厚いものを
ひたすら探すわけです。


そもそもスニーカーって
そういった履物ではなく
機能性が先に立ったものなので

当然私が満足するものは
見つけられず


私が一番なりたくない
「不自然な人」全開でした。



初期のインスタライブでもお話
したことも大きなトラウマです。



阿蘇の施設にいる祖母に
会いにいくのに
キメッキメのファッションに
身を包み


私はこの大自然の中
一体何をしに来た人なのか
わからない状態でした。



大自然の中、馬や牛をバックに
ソフトクリームを
スタイルよく見えるカジュアルな
ファッションで食べてみたい笑


そんな気持ちでいっぱいでした



おしゃれかおしゃれでないか
のその前に


ファッションとはTPOに合わせて
自分を変化させることが醍醐味なのに



TPOフル無視の自分が恥ずかしく
私よりおしゃれに興味がなさそうな
カジュアルな普通の人々を見ては
なんでこんなにファッションが好きなのに
普通以下に感じるのか。。




スニーカだけじゃなくて
Tシャツ選びも下手
デニム選びも下手


ありとあらゆるカジュアルの
アイテム選びが下手すぎて



ファッションに思い悩んで
心をすり減らして
お金や時間も無駄遣いする



そんな自分にうんざりしていました。


キレイめファッションが苦手な人なら
おそらくどのパンプスをどのファッションに
合わせたらおしゃれに見えるのか


ブラウスやスラックスの形
ジャケットが持つ印象


そういったものがわからず
結局店員さん任せに
なってしまって

写真に写った自分を見て
衝撃を受ける人も少なくないと
思います。


そもそも何がカジュアルなのかもわからない

私ほどファッションスキルが低い人は
いないんじゃないかと思うくらい
私はファッションの用語の理解も
できていませんでした。


何をもってカジュアルというのか
一体抜け感とか外しとはなんなのか



よくわからないまま
自己流でファッションを
組み立てていました。



いつも私がお話するように
ファッションは自由です。
好きに着たらいいんです。


ファッションは誰にも
迷惑をかけるものでは
ないし、命に関わることでも
ありませんから。

ただおしゃれに優劣を感じる人は
そうはいかないんです。


おしゃれな人
そうでない人


違いを感じるなら
無秩序に服を着ても
その差は埋まりません。



好き放題服を着ておしゃれに
なれるならこの世は全員
おしゃれなはずです。


そして苦労もしません。



私のファッションの苦難は
まだ続きます。
(おしゃれ迷子の域を超えてます)


それは加齢による肯定感の低下です。



私は若い頃から
ちやほやされた経験もなく
当然おしゃれを褒められたことも
ありませんでした。

ただお金をある程度服に
かけてましたので派手な人と
いう印象はあったとは
思いますが、だだそれだけです。



気がつけば今度は
顔が変わってきたんです。
ガーリー系の服を着た自分を見て



初めて自分を
「痛い」と思いました。



ガーリー系といっても
黒いシンプルなフレンチスリーブの
ワンピースに少しガーリーな要素が
入っているだけなのに



それが似合ってないし
俗に言う痛い状態なんです。


ただでさえ自分に満足できない
人生だったのに

今度は加齢



一生このまま女性として終わって
しまうのを恐れて路線変更を
試みたりもしました。



だけど当然基礎もなにもない
私がどうあがいたって
おしゃれが上達するはずもなく
二重苦を抱えることに
なったんです。

それが38歳から約10年間
続きました。

ファッションは女性のたしなみ


女性にとってファッションとは
たしなみなんではないかと
ここ最近思います。




「お茶をたしなんでおります」
「お華をたしなんでおります」



そんなセリフを聞いたことが
ありませんか?


理想とする自分になるために
身につける芸事・趣向
といったイメージでしょうか。



別にしないならしないでいいけど


ファッションは肯定感を満たそうとする
女性にとって一つのたしなみなのではと。


大人になっても
TPOフル無視のファッションで
そこに存在することは


私にとっては
違和感があるんですね。




私はなぜプロになるまで
ファッションや自己理解を
深めようとしたのかを想像すると



整ったクローゼットの中から
スマートに服を選んで
スマートにアクセサリーをつけて
メイクをするような

TPOに合わせて自分を
プロデュースできる大人の女性に
なりたかったんじゃないかなと




そのために教養として
最低限のファッションやヘアメイク
を身につけたかったんじゃないかと
おもうんですね。


あなたはどうですか?



あなたがなりたかった女性に
何が必要ですか?

そこにファッションやヘアメイクは
必要ですか?


服を着ることをやめない

そう思うなら情報を得たなら
服を着てスキルに変えてください。




全てにおいて言えるのは


手を動かさなければ
上達はしない



これは分かってもらえると
思います。




無知ではもちろんだめですが
情報だけ頭に入れても何も
変わらないんですね。



私は今スタイリング基礎コースという
講座を開いています。


これはカラーや骨格診断を依頼して頂いた
女性達に診断結果をその人の手持ち服に
落とし込めるように

サービスとして行っていた
ファッションアドバイスを
もっと延長してほしいという
お声を受けたことから始まりました。




その時、診断よりもっと大人の女性にとって
価値あるものが自分の中にあるんだなと
感じました。





だけど、いくら私がアドバイスをしても
服を着るのをやめた人のファッションは
何も変わりません。



受講生の講座内容は等しく同じです



だけど、
手を沢山動かした人
動かさなかった人

自分の正解を知ろうとした人
正解を知ろうとしなかった人


差が出てくるんです。




私は今まで自分のファッションの
正解を知ろうとせず



ひたすらコンプレックスを隠す
ファッションに頼ってきました。




だけど、隠すファッションでは
全く幅もスキルも広がらないし


おしゃれな人と
自分を比べることを
やめられない



私も講座生の皆さんと同じように
服を着ました。


毎日毎日
家事や子育ての合間に
15分だけ時間を作って
教えてもらったことを
意識して写真をとって
師匠に送り続けました。


それがOKかNGかは
プロである師匠に委ねました。



なぜならば、今まで自分が持っていた
OKの価値感が完全に思い込みで
いつまで経っても正解にならないから。



あなたにとってファッションの
正解とはなんですか?



私のファッションの正解は
自分を見て心が満たされる
状態でした。


自分で作ったファッションで今まで
心が満たされなかったわけだから


自分が正解を持っている人だと感じた
人に導いてもらいました。





そしてようやく数十年に渡る
私のファッション苦は
解決していったわけですね。


本当の不幸と幸せって何?



なぜ私が40代からの女性に
情報を発信しているかというと


人生の後半戦にまできて
洋服のことに悩んでいる自分を
不自然に感じたからです。




毎日服を着るわけだから
本来はスキルは上がって
いくはずなんです。


だけど、私達は子育てをはじめ
コンプレックス・教育・他人の評価
ネット情報などの影響で正しく自分を
見れなくなって



いつしか自分に似合う服を見過ごして
しまっています。




だから今の自分に追いついていない
ファッションを一日でもはやく
追いつかせてほしいと思うからです。



お金がないとか
人より物を持ってないとか
キラキラしてないとか


あなたにとって
そんなことが本当の不幸
だと思いますか?


以前の私なら表向きは
そんなことないと言いながら

心のどこかでそれが
やっぱり一番不幸なんじゃ
ないかと思っていました。



でも今はそうは思いません。



お金がなくても
物がなくても
凡人でも


自分が自分で良かったと
思っている人に勝る
幸せはないと思います。



だって誰とも比べないんですから。




比較は不幸の始まり
だけど人間の煩悩として
人と比較することは
やめられない。


だけど一つでも自分に
満足できるものができると
その心の負担は大きく
軽減されて


いつも穏やかで安定した
気持ちで過ごせます。



私は全てにおいて
劣等感しかありませんでした。


特に人に勝るものなんて
ないからですね。



だけど、ファッションを整えることで
勝っているとも思わない
だけど劣っているとも思わない。


色んな所を人と比べてるけど
私が一番人と比べていたのは
容姿だったんだとわかりました。


ファッションで
体型補正ができて

以前に比べたらセンスも
良くなった実感もある。

TPOに合った服を着れて
自分が思い描いていた女性像に
一歩近づけたと思えた時が


自分の中の不幸と幸せが
書き換わった瞬間でした。



こんなにも自分に満足することって
幸せな気持ちになるんだなと。




この世に生まれる意味とか
時々考えるじゃないですか?


答えのないようなことを。



ありのままでいいという人もいれば
やりたかったことを全部やる時間とか
人生暇つぶしとか言う人もいる

答えは色々あると思うんですが


私は
なりたかった自分になる


そんな時間だと考えています。




あなたはどんな自分に
なりたいですか?




ファッションって単純に楽しくって

内外面それを叶えてくれる
大切なツールでもあります。



年齢を重ねてもファッションが
もたらしてくれる大きなパワーに
あやかって、


心穏やかな毎日を積み重ねて
なりたかった女性に一歩一歩
一緒に近づいていけたらと
思っています。









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